このほど、押し入れの「大物」2種類を手放しました。
次女の「お昼寝ふとん」。
市の粗大ごみ収集に申し込んで、処分にかかった費用は合計400円。
モノって、「手に入れる時」にお金がかかるのはもちろんだけど、
「手放す時」にも、お金がかかるんだなあ。
収納ボックスは、空っぽのまま、しばらく寝室の押し入れに入れていた。
かつては古いタオルや、過剰に持っていたシーツや、クッションカバーや、
ありとあらゆる「布モノ」を大量に詰め込んでいたのだけれど、
手放して手放して、最小限必要な数に絞り込んでいったら、
3段ぶんがまるまる、カラになった。
そんなもんです。
「いつか、また何か入れる日が来るかも」と思って、カラのまましばらく置いていたけれど、きっとそんな日は来ないのだろう。と、ある日、ふと、確信した。
そうしたら、その押し入れの上段にしまいこんでいた、次女がかつて使っていた、保育園のお昼寝ふとんに目が留まった。
ああ、これも。
もうきっと、使う日は来ない。
「いつか孫が生まれたら、使うかもしれない」なんて、
そんな思いがちょびっと胸をよぎったのは内緒。
私、いま36歳。次女は8歳。
「孫が生まれる日」、いつよ。
そんな、不確かな未来を予想して、「いま」使わないモノをしまいこんでおくのは、やめよう。
手放して、手に入れるのは「余白」だ。
「いま」使うもののために。「いま」欲しいもののために。
「いま」大切にしたいことのために。「いま」そばにいてほしい人のために。
お金と時間と場所は、そんな「いま」のために、使おう。
そんな思いを強くした、粗大ごみの回収日。