収納しないブログ

持ち物を減らして収納術不要の暮らしを目指す、ミニマル志向の30代。

家庭の外に、愉楽を求める。

ウイルス禍を経て、まちなかのお店で「テイクアウト」ができる店が増えました。近所のカフェやレストラン、ラーメン店も持ち帰り商品を展開しています。遠くへ旅行する代わりに「お取り寄せ」で全国各地の特産品や有名レストランの料理を楽しむというスタイルも人気です。

テイクアウトやお取り寄せの店・サイトで、よく耳にする宣伝文句があります。

「お店の味を、家庭でも!」

遠くへ行かなくても。わざわざ予約をしなくても。店に行くために、部屋着からワンピースに着替えなくても。慣れ親しんだ我が家のダイニングで、「お店の味」を楽しめますよ!…とのアピールです。

いいと思う。缶詰や瓶詰めやレトルトパックで届く「お店の味」は、確かに美味しい。普段使いの食器に移して電子レンジで温めるだけで、ほら「お店の味」…。

美味しい。美味しいが、だけれども。

私たちが飲食店に払う対価には、提供される料理や飲み物そのもの以外に対する価値が含まれているのだなあと、逆に実感してしまうのです。

 

「お店の味」は、「お店」でしか味わえない。

お皿を前にしたとき、私たちは料理だけでなく、「お店の空気」をも味わっているのだから。

いかにお店の「味」そのものを再現していたとしても、家庭の中では味わえない愉楽がある。

私たちがほしいのは、お店で飲食する時の「雰囲気」や「高揚感」や「思い出」だったり、するから。

カフェで飲む500円のソイラテ、家でつくれば原価は30円よと言われても、そうじゃないんだよなァ。家庭では味わえない愉楽があるからこそ、私は外食を愛し、家でつくれば30円のソイラテを飲むために、こじゃれたカフェに足を運ぶのです。

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さて、約2年ぶり(!)の、東京へのショートトリップです。

新幹線の発車時刻を待つあいだ、改札近くのスターバックスで買ったドリップコーヒートールサイズ税込み363円(クリスマスブレンド)を飲みました。

行き交う人々をぼーっと眺める時間。久々に合う東京在住の友人と、あれも話したい、これも話したい、と思い巡らす時間。私と同じように、それぞれの目的を抱えて駅ナカスターバックスに立ち寄った人たちの会話、コーヒーをすする音、がらがらとカートを転がして店を出て行く人の靴音、その全てが「お店の味」に含まれている。

 

なにが言いたいかというと。

「お店の味」は、「お店で味わってこそ」ってことざます。

家で淹れたコーヒーを飲めば節約になるのは、分かってる。だけれども、家で淹れたコーヒーでは味わえない愉楽が、店でコーヒーを飲むことで得られるのです。ラテマネーを必要以上に憎む必要はありま千円。

目に見えないものの価値に自覚的でいようと思う。

その価値にきちんとお金を使いたいと思う。

そんな、月曜日。