収納しない系お片付けブロガーの優多(ゆた)です。
このところ続いている、漠然とした不安感と焦燥感と虚無感。夏の終わり、秋の始まりの風物詩のような「不調の波」なので、そのうちまた元気が戻ってくるのだろうなと思いつつも、重だるい気分を抱えて日々を過ごすのはしんどい。しんどいので、何か心が軽くなるような試みをしたい。
帰り道に、ちょっと可愛い雑貨を売っている店に立ち寄って、娘たちにプレゼントを買った。「何にもない日おめでとう」の贈り物。
手の乾燥を気にしている中学生の娘には、シマエナガのイラストがついたハンドクリーム(カモミールとハニーレモンの香り)。
英検4級の受検を控えてナーバスになっている小学生の娘には、シマエナガのヌイグルミ付きキーホルダー。
それぞれ千円にも満たない小さな雑貨。
だけど、何となくプレゼントを渡して、子供達にラブを伝えたくなった。
「何となく不調」への対策を講じるには、まずは「敵を知る」ことが大事。
心のモヤモヤの原因は何なのだろう? 心の奥底にフォーカスしていくと、
日々流れてくる「ネガティブなニュース」が一因だということに気付く。
遠くない場所で起きた事件事故、火災。
そして今日9月27日は、御嶽山噴火から9年。ニュースでは追悼式の様子が流れている。
生死に関わる「ネガティブなニュース」に心が乱れてしまうのは、
自分自身が今、こうして生きているのは偶然で、たまたま運が良かったに過ぎないということを意識してしまうからだと思う。
テレビで事件事故の放送を眺めている自分自身が明日にも、同じような事件事故に巻き込まれて命を落とすかもしれないということ。
大好きな人との別れが、突然やって来てしまうこと。
伝えたいことを伝えられずに、別れなければならないこと。
当事者の絶望を想像して、辛くなる。
だから、小さな贈り物と一緒に、娘に「大好き」と伝えたくなった。
生まれてくれてありがとう。何にもない日に、おめでとう
「不調の波」が来ている時は、報道番組なんて消せばいいのだな。
世の中にはたくさんの辛いことと別れに溢れていて、だから私たちは日々、手のひらに乗るくらいのささやかな嬉しい瞬間を愛おしんで生きていくのだな。
居酒屋のトイレに「感謝」なんて張り紙があるともう二度とその店には行かないタイプの私だけれど、「感謝」を伝えたくなる日もあるな。
そして「感謝」の気持ちを持つと、なぜだか少し心が軽くなるな。
これまで忌避していた居酒屋の「感謝」オブ・トイレの張り紙よ、すまなかったな。
というわけで、少しずつ元気が戻ってきました。
明日も愉快な人生を〜。