収納しないブログ

持ち物を減らして収納術不要の暮らしを目指す、ミニマル志向の30代。

まだ使える…でも手放す決断。

モノを捨てられない理由は、いくつかある。

「高かったから」「痩せたら着られるかも(洋服の場合)」「置いてあっても邪魔にならないから(巨大な収納空間がある家庭の場合)」…

そして、「まだ使えるから」という、金科玉条

 

ちなみに、「まだ使える」は、「まだ使う」や「まだ使いたい」とは、まったく別の状態です。

「まだ使える」は、モノ目線。

「まだ使う」と「まだ使いたい」は、持ち主(人間目線)の感覚だから。

 

ある意味、「モノを捨てられない人」っていうのは、相手の目線で物事を考えられる、心の優しい人、と言い換えることができるかもしれない。

 

でも。

もっと「自分の目線」で、モノを残すか手放すかを、判断してもいいと思う。

 

モノはかなり減らしている、ゆたたんの家だけれど。

年末にキッチンの戸棚を拭いていたら、やっぱり出てきた。

「まだ使える」けれど、「もう使っていない」「もう使わない」モノたち。

 

それは、「ぬか漬け用のボーロー容器」と、「スープジャー」

いずれも、5,6年前に買って4、5回使ったきり、コンロ下の収納スペースに保管されたきり出番がなかった品々。

「発酵食ブーム」と「スープジャー弁当ブーム」あったよね。

それに便乗して、買ったものです。

数回しか使っていないから、もちろん見た目は美品。いわゆる「まだ使える」状態。

でも。

目に入るたび、「ブームに乗って挫折した自分」を突き付けられて、胸の奥にちくちくした罪悪感を抱き続けることになると思うんだ。

「どうして、私を使ってくれないの?」

「使わないのなら、どうして私を買ったの?」

そんな風に、モノたちから無言の圧力をかけられているような。

 

「買う」ってことは、「モノを家に置いておく」ということは、

それほどに責任を伴う行為だってこと。

そして、その責任を引き受けたなら、「手放す時のコスト」にも、向き合わないといけない。

 

ブームに乗って、使わないモノを家に招き入れてしまった自分。

そうした自分の至らなさを、しっかりと引き受けて、これからの「買い物の仕方」を見直すための、糧にする。

買い物の失敗は、勉強代だと思おう。

 

「もったいないから」と、「まだ使える(けれども、もう使わない。使いたくないモノ)」を納戸の奥にしまい込んでいくのは、根本的な解決にはつながらないから。

 

まだ使える。でも、手放す。

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そんな、決断。