収納しないブログ

持ち物を減らして収納術不要の暮らしを目指しています

「オシャレな部屋」に興味はなくて

「人となりが表れた部屋」に惹かれます。収納しない系お片付けブロガーの優多(ゆた)です。

母方の祖父母(二人とも故人)は、男根をまつる奇祭で知られる山間部の小さな集落に住んでいて、木造の家はとても古く、すぐ後ろに山の斜面が迫る危険な立地で、昼でも電気を付けないと薄暗い空間でした。裕福とはいえない暮らしだったようですが、室内は整頓されており、私は祖父母の家に遊びに行くのが好きでした。

 

高価な家具や装飾品の類は一つもなく、ヘビースモーカーの祖父のせいで、天井近くの土壁はヤニで黄色く濁っていました。それでも、祖父母は部屋に花を飾っていました。みかんの空き缶を花瓶がわりにして、祖父が庭で育てたダリアの花を挿して。

 

ヘビースモーカーで、昼間からお酒を飲み、今思うと、ほぼアルコール依存症に近い状態だった祖父。いなり寿司が好物でした。幼い私たちが遊びに行くと、戦争で捕虜になり、シベリア抑留で厳しい寒さや飢えの中で強制労働をさせられた話をしていました。戦争は祖父の価値観に大きな影響を与えていました。小学生の私に「悪魔の飽食」(森村誠一)を読むよう勧めたのも祖父でした。

 

酔っ払いながらシベリア抑留の話をしている祖父の横で、祖父は新聞の折り込みチラシを箱型に追って「ゴミ入れ」を量産していました。好き合って結婚したわけではなく、親同士が決めた結婚で、ヘビースモーカーで酔っ払いの夫を持った祖母は苦労が絶えなかったと思います。

 

時々、祖父母の家のヤニで濁った壁と、スーパーで買ったいなり寿司を並べた豆炭ごたつと、祖母が新聞広告で折ったごみ箱と、「悪魔の飽食」が差さった祖父の本棚と、みかんの空き缶に飾られたダリアの花を思い出します。

「オシャレ」とはほど遠い、だけど祖父母の生活が詰まった部屋。

祖父母のことを思い出すと、なぜだか部屋に植物を飾りたくなります。

お店で綺麗に整えてもらった花束でなくても、庭の草をひとつみするだけでも。

 

誰かに見せるために「オシャレに整えた部屋」よりも、ただ暮らしを紡いだ結果としての部屋。そんな部屋に、私は惹かれます。

飾ってみる。

 

インテリアショップのショールームや住宅展示場、ホテルの部屋などは、あくまで「つくられた日常」。普通の暮らしの中では、「オシャレな居住空間」を過度に演出するよりも、「心地良さ」を淡々と積み重ねていけば良きと思う。

 

「オシャレな演出」への違和感は過去記事もご参照ください▽

yuringo738.hatenablog.com

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心地よさを最優先に、普通の日々に胸を張って過ごしましょう。

今日も愉快な人生を〜。