収納しない系お片付けブロガーの優多(ゆた)です
大型連休は家の片付けに精を出す方も多くいらっしゃることでしょう。
片付けの最初のステップは「全部、出す」そして「選別」です。
選別とは、全ての所持品を「手放すもの」と「残すもの」とに仕分ける作業。
「手放す」に分類したモノは、捨てるなり寄付するなりフリマアプリに出品するなりして、家の外に出していきます。
最初のステップを完了し、ある程度モノの質量が減った段階で、「残すと決めたモノ」を行動動線を踏まえて然るべき場所に再配置します。
これが片付けのサイクル。実にシンプル。
「最初に、ある程度モノの量を減らす」ことがキーポイントになります。
最初の「選別」の作業で、手が止まってしまう人も多いかと思います。
池袋パルコで買った変な色のコートを例に想像してみましょう…
変な色のコートなので着用回数が少なく、生地の傷みはありません。
「まだ、着られる…」「高かったモノだし…」「痩せたら着るかも…」
さまざまな執着が胸に去来し、選別の手が止まります。
そんな時、多くの片付けアドバイザーが提唱する「一時置きボックス」に希望を見出す人もいらっしゃることでしょう。
一時置きボックス。この厄介な箱。
「選別作業の際、手放すか残すか瞬時に判断しかねるモノを、とりあえず『判断保留』のまま放り込んでおく箱」のことです。
私は、この片付けにおける一時置きボックスの登場こそが日本人の優柔不断を加速させた諸悪の根源とすら考えます。
もし、どうしても一時置きボックスを設けるならば、最初に「1ヶ月後にもう一度、手放すかどうかの判断をする。二度目の保留は無し」といった保管期限を明確にしておく必要があります。
判断保留とされたモノが詰まった一時置きボックスが、押し入れに2年も3年も放置されている様子はまさにホラーです。箱からは、持ち主の優柔不断さに対する、放置されたモノからの怨念が発せられているような気さえします。
破損や故障で役目を終えたモノ、ライフスタイルの変化で不要になったモノを手放すことは、決して悪いことではありません。
押し入れを開けるたびに、怨念を放つ「一時置きボックス」が目に入ってしまうのは、どう考えてもQOLが下がります。
できることなら、片付けの最初のステップである「選別」の段階で、安易に一時置きボックスを儲けることは避けましょう。
結局は、手放すか残すかの2択です。
最初に迷った段階で、もう「手放す」に分類したも同義です。
「今までありがとう」の気持ちを込めて手放せば、モノから恨まれることもないと思うよ。
新陳代謝と一緒です。反対に、役割を終えたモノを溜め込んでおくのは「停滞」と同義。
正常に新陳代謝のサイクルを回していく方が良いと思いませんか。
捨てなければ、始まらない。去年の私も、同じこと言ってます▽
大型連休に片付け祭りを予定しているみなさま、潔く大胆に、たくさん捨てていきましょう。
明日も愉快な人生を〜