収納しないブログ

持ち物を減らして収納術不要の暮らしを目指しています

月額5,000円で「自分らしさ」が買えるとしたら。

お片付けコンテンツを愛好する活字好きの皆さまに、かの悪名高き「肥大した承認欲求」をつぶさに描いた素敵小説を紹介させてください

 

「あの光」(香月夕花著/集英社・2,200円税込)

帯に書かれた自己啓発と承認欲求の闇を撃つ問題作」のコピーが、作品のテーマを端的に表しています。

 

あらすじは以下▽

ハウスクリーニングサービスで働く高岡紅は、丁寧な仕事と気配りで指名が入るほど信頼を得ていたが、待遇の悪さや部下の対応に腐心する日々に疑問を抱いていた。

そんな折、十代から水商売で身を立てた母・奈津子から独立を促され起業を決意。

仕事は軌道に乗り、親しい顧客の勧めで「開運お掃除サービス」を新たな事業として立ち上げる。

そんな紅のブログがインフルエンサーの目に留まり、書籍出版とセミナー開催の運びに。

経験を活かした実践術と母親譲りの弁舌で聞くものを魅了し、一躍時の人になるも、ある日、紅のメソッドを曲解した教え子の行動がSNSで批判されているという知らせを受ける。

窮地に追い込まれた紅は起死回生を図るのだが…。

集英社ホームページから引用)

 

集英社のサイトによると、著者の香月夕花さんは執筆にあたって、「名の通った宗教団体の責任者」から「1時間数万円で知りたいことをなんでも当ててみせると主張するエキセントリックな業者」まで、「信じさせることを生業(なりわい)とする人々」に取材を試みたそうです。

そのため、小説ではオンラインサロンやセミナーといった「界隈」の様子が非常にリアルに描写されています。

 

主婦の起業、おうちサロン、スピリチュアルや自己啓発系のセミナー、人生を変える、ブログ、出版、オンラインサロン、集客、収益、やりがいある仕事、自分らしい働き方、自分にぴったりの運命的な天職、民間資格の養成スクール…。

作中にはこういった、SNSでそれはもう頻繁に目にする「信じさせることを生業とする人々」と親和性が高いキーワードが散りばめられています。

 

現実社会のさまざま場所に、実体のない美辞麗句(キラキラポエム)は溢れていますが、それは美辞麗句を発信する側が利益誘導するためだけにつくのではなく、その美辞麗句を「信じたい人たち」が求めているから広がっていくのだと感じます。

 

本作ではストーリーが進むにつれ、開運お片付けの「教祖」である主人公・紅がつく「きれいな嘘」はどんどん過激に、現実離れしたものにエスカレートしていきます。

「信者」であるオンラインサロンの会員たちが手を伸ばして欲するから、「教祖」である紅はプロダクトとして「愛を込めた、きれいな嘘」を生産し、値段をつけて売っています。

 

「きれいな嘘」は、「教祖」が一方的に高額で売りつけるものとは限りません。「信者」が求めるから、売っている。需要と供給の関係なのでしょう。

 

作中では、開運お片付けのオンラインサロンという「狭い村」のなかで、「信者」である会員たちは「教祖」である紅の関心を引くためにオリジナルグッズやセミナーに課金したり、サロンの掲示板に「開運お片付けの成果」を書き込んだりして、自身の存在をアピールします。

 

メソッドを提供する「教祖」にも、それを拠り所として縋っていたい「信者たち」にも、根底にあるのは「私を見て、褒めて、認めてほしい」という肥大した承認欲求があります。両者をつなぐ糸が「きれいな嘘」。だから「教祖」は、どんどんエスカレートする「信者」の欲求に応えるように、相手にとって都合のいい嘘をどんどん供給します。

下記は物語中盤の、主人公・紅のセリフです▽

そこらのセミナー講師も、どこかの教祖も聖職者も、みんなそれっぽい空気を醸し出すテクニックを知っていて、信者を酔わせてるだけ。本物じゃなくても用が足りるの

(香月夕花著「あの光」227頁から引用)

 

私は「きれいな嘘」に群がって財布を開く人々を、「くだらないものに課金して、馬鹿ね」と笑うことはできません。空虚さや孤独や無力感を埋めてくれる(ように見える)ものが、月額5千円で売られているのだから。お金を払ったら「自分らしい人生」が手に入る可能性がある(ように見える)のだから。

みんな何かに酔っ払ってねえと、やってられなかったんだな。って、進撃の巨人の誰かも言っていました。自分の外側に、気持ちよく酔っ払えるものを求めるのは仕方がないことでしょう。はたから見れば、それがどんなにばかげたことでも。

 

結局、実体のない「きれいな嘘」は永遠には続きません。

「きれいな嘘」で塗り固められたオンラインサロンの瓦解から、すべてを失った紅が再生に向けた一筋の光を見つけるまでの展開には、作者の希望が込められているように感じます。

 

「あの光」は、こちらで試し読みもできます▽

www.bungei.shueisha.co.jp

「生きていくのに他者の承認なんか必要ない」と腹落ちしてからが、本当の「自分らしい人生」のスタートなのかもしれません。

 

「自分らしさ」にとらわれて苦しい夜に、ぜひ読んでほしい作品です。