収納しないブログ

持ち物を減らして収納術不要の暮らしを目指しています

さよなら、ハーブティー。

長いあいだ抱いていた疑問について、ふとした瞬間に答えが見付かることって、あります。

例えば、折に触れて食料ストック棚の奥から見つかる、ハーブティーのパック。行き付けの雑貨店で、旅先の土産物売り場で、「飲もう」と思って買ったはずのティーパックもしくは茶葉が、ほとんど手付かずのまま数カ月、我が家のキッチンに居座っている。こんなことがきっと、年に1回は繰り返されてきた。一体、なぜ?

シンプルな答えに、このほど私、気がつきました。

ハーブティーの味が、好きじゃない。

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シンクを磨きながらしみじみ自覚したのですよ。

 

これね。早く気付けよって話ですね。見た目のオシャレっぽさと、体に良さそうというポジティブなイメージにより、ふと気がつくと財布のひもを緩めてきました。ですが、心の声を真剣に聞いた結果、私はハーブティーの味を率直に「苦手」と感じていることに、ようやく気付いたのであります。ええ。

 

愛用の広辞苑(第5版)によりますと、ハーブは「薬草、香味料とする草の総称」と定義されております。さらに「薬草」を引きますと、「薬用に供する植物の総称」と出てきます。

そして「薬用」の意味は「薬として用いること。また薬のはたらき」。

つまり、ハーブとは「薬のはたらきを持つ、良い香りのする草」ということになります。

 

このハーブティー、ちょっと気の利いた雑貨店などに行きますと、おしゃれな売場が展開されておりまして、ハーブの種類によって「リラックス」やら「美肌」やら「からだぽかぽか」やら「ダイエット」やら、女心をくすぐるワードとともに数多の商品が陳列されています。薬事法に引っかからない範囲で、美容と健康に興味ある30代女性に強く訴求してくるわけです。で、ついつい財布のひもを緩めてきました。

 

しかし、「ハーブティーが好きではない」という己の偽りなき本心に気付いたいま、この生産性のないループ(ハーブティー買う→1杯飲んで、戸棚にしまう→手が伸びず忘れる→数カ月後に思い立って捨てる)からは、卒業します。

そして、宣言します。

わたしがこの世で最も愛するお茶、それは「番茶」である、と。

番茶。愛用の広辞苑には「摘みのこりの硬葉で製した品質の劣る煎茶」と記載があります。この番茶を煎じてできるのが「ほうじ茶」。これまた香ばしくて美味であるよ。

 

「品質の劣る煎茶」、上等じゃないの。

 

わたしが「お茶」に求めるものは、おしゃれさでも健康的な効能でもない。

おいしく飲めたら、それでいいの。

「買ったけど、活用されないモノ」を一つずつ点検して、その理由を把握していく。片付けは自分を見つめる作業。

 

だから、さよならハーブティー。おしゃれ雑貨屋でキミを見つけても、わたしが振り向くことは二度とないでしょう。

わたしは、番茶をお供に生きてゆく。